パン・デピス … フランス ディジョン …
『パン・デピス Pain d'épices』はフランスで作られるジンジャーブレッドの総称で、フランス語で「スパイス」を「デピス」ということから、麦粉と蜂蜜、スパイスを材料に作られるケーキは『パン・デピス』
この呼称が初めて登場するのは1711年 ディジョンに残される納税者名簿の中。 当時ディジョンのパンデピスは、小麦粉とプロバンス産のラベンダーハニー、地元特産のスパイス アニスを合わせた生地から作られていました。
現代 デイジョンで伝統のレシピと工程を守り、製産を続ける専門の生産者は『ミュロ・エ・プティジャン Mulotet Petitjean』一軒のみになっていますが、そこで提供されるパンデピスは、小麦粉、蜂蜜(百花蜜)と甜菜糖シロップを合わせて捏ねた生地を数週間休ませて発酵を促し、そこにアニスを含む数種のスパイスと、卵黄、膨張剤を加えて捏ねたら、さたに熟成期間をとってから、焼き上げる。手間と時間を惜しまない昔ながらの製法に従って製造されています。
パヴェ Pavé
創業当初から変わらず一番人気なのは大きく焼き上げてカットするボックス形の『パヴェ Pavé』「パヴェ」はフランス語で「石畳」を表す言葉で、切り分けたものを並べると石畳のように見えることから、『パヴェ』と呼ばれるようになったそう。
6Kgの小麦粉生地を焼きあげて12個にカットしているのがこちら。本店販売スペースの奥のコーナーでは切り分け作業が行われ、オーダーカットにも応じています。
ハチミツとアニスの優しい甘さと香りは、合わせる食材を引き立てます。薄くスライスして、前菜として、バターやレバーペーストを塗ったり、フォアグラやチーズと合わせて、オープンサンド風に、ワインと一緒に楽しむのもお勧め。コーヒーやホットミルクに浸して…も、シンプルだからこそ、楽しみ方が広がる永遠のヒーロー
ノネット nonnette
『パヴェ』に注ぐ人気商品は、小さめに丸く焼いたパン・デピスにジャムを入れた『ノネットnonnette 』18世紀半ばにランスで生まれたノネットですが、ディジョンでは特産のカシス(クロスグリ)のジャムを入れたものが人気を集め、今ではカシス、ラズベリー、アプリコット、オレンジなどのジャムからチョコレートやキャラメルまで種類も豊富 油脂の入らないパン・デピス生地にジャムがしっとり感を与えて、ティータイムのおともに最適です。
パウンドケーキ形やブタ、魚、街の名物にちなんだフクロウモチーフのパン・デピスは、とてもキュート エピファニー:公現祭の頃にはパン・デピス生地のガレット・デ・ロワがお目見えし、復活祭の時期には魚や鶏モチーフのパン・デピスと、季節の宗教行事を彩ります。
ミュロ・エ・プティジャン Mulotet Petitjean
20世紀に入ると、ディジョンはフランス1のパンデピスの生産量を誇ったランスを凌ぐほどとなり、第二次世界大戦までは12件の生産者がいましたが、工場生産の大手食品メーカーの参入で数が減り、現在 昔ながらの工程を守り、生産を続けるのは『ミュロ・エ・プティジャン Mulotet Petitjean』1軒のみ
『ミュロ・エ・プティジャン』ディジョン市内に店舗が3軒あり、ボスエ通りの本店は木造りの装飾が美しい15世紀の貴族の館。ツールドフランスの自転車たちが走り抜けたばかりの2024年7月 ブルゴーニュ大公宮殿近くの店舗のウィンドウには、子供サイズほどの自転車パン・デピスが飾られ、その熱狂ぶりを伝えていました…。
フランドルから運ばれた『レーベンスクーヘン』が『パン・デピス』に
パリのリヨン駅から南東の方向にTGV(高速列車)利用で1時間35分ほどのディジョンは『エスカルゴ』、『ブルゴーニュワイン』そして『マスタード』など美食の宝庫として名を馳せる街14世紀には、ブルゴーニュ公国の首都として大いに繁栄していました。
1369年 ブルゴーニュ公国初代公爵フィリップ2世のもとにフランドルの領主の娘マルグリットが嫁いできたことからディジョンとパンデピスとの縁が始まります。マルグリットは故郷のジンジャーブレッド『スペキュラス』が大好物で、ディジョンに移り住んでからも、取り寄せて楽しんでいました。
(左)フィリップ2世 Philippe II
(中)マルグリット・ド・フランドル Marguerite de Frandre
(右)ブルゴーニュ大公宮殿
そして1420年代フィリップ2世とマルグリットの孫にあたるフリップ3世:善良公(在位1419-1467)は、武力と交渉を駆使してフランドルを含むネーデルランド全域を領有するまでになるのですが、フランドル地方遠征の折、コルトレイクCourtrai(現ベルギー)の入市式で、祖母マルグリットの大好物だったお菓子『スペキュラス』を献上され、喜んだフィリップ善良公は菓子職人と『スペキュラス』をともなってブルゴーニュの首都ディジョンに戻った。とする昔語りも伝わり、ディジョンで作られるようになると『ボワシェ』と呼ばれて、パン種が加えられていたとされることから、ふっくら感があり、今日のパン・デピスに似たものだったのかもしれません。
300年後 ディジョンの納税者名簿にその名が残るボナヴァンチュール ペランが『パン・デピス』の名で広告を作ったことに端を発し、次第にフランス国内で作られる「ジンジャーブレッド」の呼称は『パン・デピス』に統一されていきました。
18世紀初頭 ディジョンはコート・ドール県だけでも12軒のパン・デピス生産者が活動するパン・デピス の一大生産地 になって、旺盛は第二次世界大戦前まで続きました。
時計塔の鐘つき一家
大公宮殿の裏にあるノートルダム教会の中央には1382年フィリップ2世:豪胆王が遠征先のフランドルから戦利品として持ち帰った仕掛け時計が取り付けられています。その後1500年 時計に時を告げる鐘を鳴らす男性ジャックマールJacquemart が取り付けられると、1人では寂しいだろうと、1610年伴侶のジャクリーヌが加えられ、さらに1714年には息子ジャックリネが、1881年には娘ジャックリネットが加わって現在の姿になりました。息子は小さな鐘を叩き、娘は15分ごとの鐘を叩く働き者 ディジョネ:ディジョン市民の遊び心が500年かけて作り上げた鐘つき一家です。
ディジョンのパティスリーには、パンデ・ピスが必ず並び、マルシェのワゴンにもそれぞれの店の味のパン・デピスが積まれています。伝統的なものあり、アレンジに工夫を凝らしたものあり ディジョンはパン・デピス好きのパラダイス 訪れた際にはマスタードやフォアグラに加えて、パンデピスもご賞味あれ…
そして「美食の街」ディジョンは、ブルゴーニュの『ワイン』に、マスタード、特産カシス(黒すぐり)からつくられるリキュール『クレーム・ド・カシス』、古くから栽培されているアニスシードを核(芯)にして、金平糖の要領で糖衣をつけた『アニスキャンディー』と、お土産選びにもこと欠きません。
(左)(右)最も古い街並みが残るフォルジュ通りに面するフランソワ・ルード広場
噴水とメリーゴーランドの周りはいつでも人がいっぱい メリーゴーランドの乗り物電車に取り付けられた『Mulotet Petitjean』のブリキのプレートの擦れたり剥がれたりしている姿にも時の流れを感じられるとびきりノスタルジックなエリアです。