Speculaas スペキュラス
スパイスが効いてサクッとした食感 風車や農家、人や動物などの型で抜かれ、浮き出たレリーフが楽しいクッキー『Speculaasスペキュラス』は、ネーデルランドで700年に渡って作り継がれた歴史を持ち、数あるジンジャーブレッドのルーツの1つと言える存在です。
*中世 現在のフランス北部及びベルギー、オランダ、ルクセンブルクの3か国(ベネルクス)にあたる地域はネーデルラント(Nederlanden)と呼ばれていました。
前1世紀この地域はローマの将軍ユリウス・カエサルが遠征して征服され、『ガリア・ベルギガ』としてローマのガリア属州の一部になります。これを機に多くのローマ人が移住してローマ風の都市を築き、ローマ文化を移植しました。ローマの支配は5世紀頃まで続き、食文化にも大きな影響を残します。
ローマが去った中世 ネーデルランドの南部地域フランドルでは、麦粉と蜂蜜を練り合わせて作られる『レーベンス・クーヘン』:「命のお菓子」と呼ばれるケーキが好んで食べられていましたが、これは古代ローマ人が食べていた麦粉のビスケットと蜂蜜とフレッシュチーズを混ぜたペーストを交互に何層にも重ねて焼き、上から蜂蜜をかける『プラチェンタ』を起源とするといわれています。
10世紀以降 この地域はフランドル伯などの諸侯と司教などが分立してそれぞれの領地を統治する状況が続きますが、領主フランドル伯は自ら軍隊を組織して十字軍遠征に参加。
同行の兵士や料理人たちは「およそ人間が欲しがる物で、この街に運ばれてこない物はない」といわれるほどの繁栄を誇っていたビザンツ帝国(東ローマ)の都コンスタンティノープルを経由してアラブに向かい、中継地でも未知の調理法や料理に出会い、その技やレシピを習得し、当時まだヨーロッパに届いていなかったスパイスや砂糖、柑橘類などを自国へ持ち帰りました。
スペキュラスの誕生
十字軍がもたらした変革は『レーベンス・クーヘン』にも及び、従来の材料 麦粉と蜂蜜に、新たにスパイスが加えられると、14世紀には『Speculaasスペキュラス』と呼ばれるように。これは当時教会で使われていたラテン語の Speculator (監督する者という意味)に由来し、聖職者を意味しているといわれています。
麦粉にたっぷりの蜂蜜とスパイスを合わせて捏ねて作る生地は、彫りを施した木型に押して、凹凸レリーフを浮き上がらせて焼かれるようになり、ギルドの専門職人によって焼かれるそれは、浮き出たレリーフが美しい芸術作品の域に達するほどの姿を誇り、17世紀初頭から18世紀半ば 最盛期を迎えます。
周辺地域にも広がったシュペキュラスは、オランダでは『Speculaas』「スぺキュラス」、ベルギーや北フランスでは『Speculoos』「スぺキュロス」隣接するドイツのヴェストファーレン州やライラント・プファルツ州では「Spekulatius』シュペキュラティウス」と呼ばれ、各地域の歴史と文化を背景に、それぞれ特色のある姿で作り継がれてきました。
とはいえ、型から取り出すのに熟練の技が必要で、生産するのに時間を要し、木型自体を彫る職人の数も減って、さらには乾燥や磨耗などによる木型の劣化も進んでおり、伝統のスペキュロスは今や希少な存在。クリスマス時期パン屋さんが代々受け継がれた自慢の木型を使い、ご自慢のレシピで焼き上げて、この時とばかりにショーウィンドウを彩る期間限定品になっています。
近年の傾向は、材料に卵やバターが加えられ、食感や風味がリッチにグレードアップ! 小さなピースで薄く焼き上げるスタイルが好まれるようになると、家庭でも気軽に作られる身近なお菓子に変化しています。
スペインから船に乗ってやって来るシンタクラース
中世以来 子供達にとって、シンタクラースはキリスト教の講話や修道士たちによる寸劇からイメージを膨らませる想像上の存在でしたが、19世紀の半ば オランダでは、シンタクラースが、従者『ズワルトピート Zwarte Piet』を伴って、スペインから蒸気船に乗ってやってきて、子供たちの前に現れるようになりました。
一行が上陸し、サン・ニコラが白馬に乗ってパレードが始まると、沿道で待ち構える子供たちめがけてお供のピートがキャンディーや小さな焼き菓子を四方に振り撒いて、子供のための祝祭ムードをめいっぱい盛り上げます。さらに家庭を訪問すると、ピートがジンジャーブレッドナッツを壁や天井に派手に投げつけるので、こどもたちは大騒ぎ
19世紀の半ばに描かれた絵画からは、すでに…というより、今より大胆なシンタクラースの上陸パレードの様子がうかがえます。
現代はStrooigoed(ストーイホッド)と総称されるキャンディーやクッキー、チョコレートやグミ、マジパン人形などの入った小袋が手渡されることが多いのですが、オランダ語で「Strooig」は、「振りかける」…現代は衛生面も考慮して、「振りかける」「撒き散らす」小さなお菓子たちは袋に入れられて、手渡されることが多くなっています。
クラウドノーテン Kruidnoten
シンタクラース祭で、小さなお菓子が「Strooig」されるようになると、『スペキュロス』生地を一口サイズに成形するクッキー『クラウドノーテン Kruidnoten』が登場しました。カリカリとした食感のクッキーで、シナモン、ジンジャー、アニス、メース、白胡椒、カルダモン、クローブ、ナツメグなどスパイスの風味が特徴 専門店もありシンタクラースのお祭の季節には大盛況で、チョコレートやヨーグルトでコーティングされるなど新たなバージョンも生まれています。
ターイターイTaai-Taai
シンタクラースやお付きのズワルトピート、ハートや動物などの彫りの施された木型で抜かれ、アニスの風味が特徴の美しい伝統菓子です。アムステルダムのトップ・パティシエ:シース・ホルトカンプ氏によると、「シンタクロース祭の祝い菓子で、昔はケーキやクッキーを製造する製菓店と、パンやパイを製造するパン屋ははっきりと区別がされていたが、ターイターイは「典型的なケーキ屋のレシピ」だった」のだそう。
オランダ語のTaaiは英語のTough「硬い」という意味を表しますが、硬いといても堅焼きのお煎餅のような硬さではなく、蜂蜜がたっぷり使われているため、しっとり噛み応えのある食感。
スペキュロスと並んでオランダのシンタクラース祭に欠かせないアニス風味の型抜きビスケットです。
ペパーノーテン pepernoten
オランダのシンタークラースの祝い菓子として伝わるクッキーで、材料に甘い香りが特徴のアニスパウダーと蜂蜜がたっぷり使われるため、アニスの香りとソフトな噛みごたえのある食感が特徴 ターイターイ作りで残った生地を使って作られることもある一口クッキーです。従来はサイコロ型に成形されていましたが、最近はクラウドノーテンと同様の丸い形に作られるものも多く見られ、“クラウドノーテンは円形に”、“ペパーノーテンはサイコロ型に” 成形されてきた慣例が有耶無耶になりつつある。そんな現状を懸念し、歴史やレシピの情報を発信する製菓の専門家や歴史家も多くなっています。
『クラウドノーテン Kruidnoten』 『ペパーノーテン pepernoten』
双方に共通する「moten」はオランダ語で「ナッツ」を表す言葉で、「クラウド」は「ハーブ」を、「peper」は「胡椒」を表しますから、『クライドゥノウトゥン』は「ハーブナッツ」、『ペーぺルヌートゥ』は「胡椒ナッツ」と、それぞれ香りの良いナッツのイメージが当てられていることが分かります。
古代ゲルマン人の豊作祈願
これら小さなお菓子Strooigoedを撒き散らす行為は、農夫が種を蒔く姿を示唆しており、それは古代ゲルマン人が1粒の種からたくさんの実をつける小麦に豊穣と子孫繁栄の願いを込めて行っていた儀式を起源とすると考えられているそう。遠い祖先が行っていた儀式が、キリスト教の聖人のお祭りに入り込み、種が小さなお菓子に姿を替えて継承されているのです。