Pepparkaka ペッパーカーカ 🇸🇪
スウェーデンのジンジャークッキーは、『ペッパーカーカ』と呼ばれています。
13世紀 ドイツからの移民によってスウェーデンにレープクーヘンが持ち込まれると、当時スパイス全般を「Peppar 胡椒」と呼んだことから、ケーキやクッキーを表す「kaka」と合わせて『pepparkaka ペッパーカカ』 複数形は『pepparkakor ペッパーカコル』と呼ばれるようになりました。
薄くてパリッ!スパイシーなクッキーは食べ始めたら止まらない… スパイスのきいた、ほんのり甘くやさしい味わいのホットワイン『グロッグ』と合わせて。もちろんコーヒーにも紅茶とも好相性です。
スウェーデン中南部 Vedstenaヴァドステナ修道院に、「1444年修道女が消化不良改善のためにスパイスケーキを焼いて食べた。」との手稿が残り、さらに、 同時代の王ハンスHans(1455-1513)が気難しく気性が荒いことを憂慮した医師がスパイスケーキを処方して勧めたところ、王は精神の安定を得ることができ、宮廷はコペンハーゲンの薬局から数キロものジンジャーブレッドを取り寄せた記録が残ります。
スウェーデンに伝わる『blir snäll av pepparkakor』「ペッパーカーカを食べると、元気になって、優しく寛大になれる」との格言 これは王様の治療が順調に進んだことに端を発しているのかもしれませんね。
https://www.upplevvadstena.se/en/churches.htm
16世紀になるとペッパーカーカは修道院や薬局、町の広場で開かれるファーマーズマーケットなどで「消化を助け、気分を安定させ、うつ病を予防する医療用の薬」として販売されるようになり、17世紀そのレシピが料理本に掲載されて、『ペッパーカーカ』が中産階級の市民に知られるきっかけになりました。
19世紀 小麦粉と砂糖の流通量が増えて購入しやすくなると、庶民もクッキーやケーキ作りを楽しめるようになり、ペッパーカーカが高価な医薬品から、特別の日に食べる祝い菓子としてクリスマスに結びつけられていきます。
生地を薄く平らに伸ばし、金属製のカッターで型抜きするため、抜き型のデザインに注目が集まるようになり、人気を集めたのは愛のシンボルである「ハート」 クリスマスにはシンボリックなデザインとして豚、星、男性と女性…、そして欠かせないのが『ユールゴート 山羊』でした。
ユールゴートは北欧神話の神 トールが操って空を駆ける戦車「チャリオット」を引く2頭の黒山羊で、時代が進み、キリスト教が浸透しても忘れられることなく、クッキーの型や麦わら細工にもなってクリスマスを彩っています。
そして豚さん 欧州全土が森に覆われていた頃、豚は村を取り囲む森の中で放し飼いにされていました。豚は 秋の間木の実をたっぷり食べて肥え太ります。木の実には精霊が宿っているとされ、ドングリやミズナラといった木の実を食べて太る豚は豊かな森の恵みの象徴です。多産で貴重な食料である豚は繁栄と豊穣のシンボル:聖獣とされ、豊穣を司る神にも生贄として捧げられました。
クリスマスの食卓:ユール・ボードのテーブルの主役は豚のハム…とはいえ、全ての家庭で豚の塊肉を用意できるわけではありません。貧しい人たちは代わりに豚を形どったパンやビスケットを作ってクリスマスを祝ったのです。
スウェーデンの人たちは薄くてパリッと焼き上がったペッパーカーカを好みます。レシピに「生地は非常に薄く 約1/8インチに伸ばして…」とあるほど!それは「ジンジャーシン ginger thin」(thin=薄い)と呼ばれて海外にも輸出されて人気です。
そのうちの1つ『アンナビスケット』は1929年 アンナ・カールソン夫人と妹のエマが手づくりで作ったペッパーカーカが始まりで、スウェーデン王室御用達の名誉を得、日本にも輸入されていますから、お馴染みですね。ストックホルムのスーパーには大箱が山積みされ、お菓子の家キットも山積みになっていました。
スウェーデン生まれの作家アストリッド・リンドグレンの作品『長くつ下のピッピ』ピッピはお隣に住むトミーとアンミカを招き、ペッパーカーカーとコーヒーでお茶会を催すことを計画し、…床にいっぱいに生地を広げて500枚ものハート型のペッパーカーカを焼こうと奮闘します…
そして『やかまし村のクリスマス』ではクリスマスの3日前に村の7人の子どもたちが豚の形のペッパーカカを焼きながら、楽しく大騒ぎ。この日は村中からペッパーカカを焼くにおいがして、「僕 こんなにおい大好きだよ。」寒さが厳しい北欧の、暖かなクリスマスが目に浮かびます。