クックド・ディナン Couque de Dinant 

ベルギー南部の町ディナンの名を冠した『クックド・ディナン』は「ヨーロッパ1堅いビスケット」の異名をもつ小麦粉と蜂蜜だけでつくられる究極シンプルなビスケット

サン・ニコラなど宗教にまつわるモチーフや、花籠や魚、ウサギ、車やオートバイそしてサックスを生み出したアドルフ・サックスの故郷であることに因んだサックスなどの形に抜かれたボディーに、くっきりとレリーフが浮かぶ姿はクラシックで、今となってはとても個性的 力強く、ゆるぎないパワーを感じます。

「ちぎって、キャンディーのように口の中でゆっくり溶かして食べてください。」「コーヒーや紅茶に浸して食べてくださいね。」と教えていただき、割ってみると、しんなりとした弾力に、たっぷり入った蜂蜜の保水力を感じます。さほど甘くないモソッとした生地の小片を口の中で転がしていると、しだいに麦粉を纏った蜂蜜が溶け出して、時を経てきたお菓子の持つパワーが口いっぱいに広がります。

ディナンでは昔から、赤ちゃんの歯固めにも使われてきたそう。

その由来を紐解くと、古代から町がたどった歴史にまつわるエピソードと繋がります。

ローマ支配と『プラセンタ』

古代『ガリア・ベルギガ』と呼ばれ、ローマのガリア属州の一部だったこの地域には、ローマ人が好んで食べていた麦粉と蜂蜜とチーズを使って作られるケーキ『プラセンタ』が伝わりました。

それはローマが去った後も作り継がれ、ディナンの町が編纂した歴史資料には、「ディナン・クークの歴史は、ローマ時代のプラセンタと呼ばれる風味豊かなケーキに遡りますが、時が経つにつれケーキの風味豊かな部分はレシピから省かれ、今日私たちが知っている硬くて甘いクッキーが残されました。」とあり、ローマの置き土産は人々の営みの中で姿を変えながら継承されてきたことが分かります。

ブルゴーニュ公国の侵攻

町の歴史に残る惨事がクックド・ディナンの誕生と関連づけられたエピソードが語り継がれています。

14世紀半ば ブルゴーニュ公国(現フランスの一部)がディナンを含むネーデルランドに侵攻 一帯を領有するまでに勢力を拡大していきます。

1466年 圧政に苦しんだディナンの人々が蜂起すると、ブルゴーニュ軍は町を包囲し、主要産業である真鍮細工職人のギルドを破壊し、町を略奪したあげく、800人の住民をムーズ川に投げ込み、焼き払うという残酷な制裁を行いました。

住民たちが籠城したシタデルには408段の階段またはロープウェイで登ることができます。

(左)シタデルに登る階段、(中)ロープーウエイ、(右)ロープーウエイから見るシタデル

(左)住民達は断崖の上に築かれた城塞に籠城して応戦するものの、城塞は破壊され、住民800人が2人ずつ後ろ手に繋がれてムーズ川に投げ込まれた史実を伝える展示

(右)シタデルの上から見渡すデイナンの街とムーズ河

「窮地に追い込まれ、丘の上の要塞で籠城を続けていた住民は、食糧も尽き、唯一残った小麦粉と蜂蜜を混ぜ合わせて生地を作り、ディナンドリーに押してから焼くと、レリーフが美しいビスケットが焼き上がり、それを糧にして、籠城を続けた」というもので、見晴らしのよいシタデルに建つ資料館には1466年の惨劇が再現されています。

この歴史に残る惨事がクックド・ディナンの誕生と関連づけられたエピソードが語り継がれています。それは、「窮地に追い込まれ、丘の上の要塞で籠城を続けていた住民は、食糧も尽きた中 唯一残った小麦粉と蜂蜜を混ぜ合わせて生地を作り、ディナンドリーに押してから焼くと、レリーフが美しいビスケットが焼き上がった」というもの。

由来としてより確実なのは、「今に続くクックが 18世紀に登場した」というもの。その正確な状況を追う資料は残っていないものの、クック・ド・ディナンを1774年に商業化し、今日にいたるまで変わらぬレシピを守り続ける老舗があります。

2024年7月 創業以来8代続くメゾン・コラール V.Collardの工房で、この道26年 オーナーのMichel氏にお話を聞き、作業を見せていただくことができました。穏やかな笑顔 明るいお人柄 太くて長い腕 大きくてふっくらした手 熟練のクッキーエここにあり! 

(左)メゾン・コラール V.Collard 店舗兼工房

(右)マスタークッキーエ Michelさん 

(左上)サン・ニコラ(左下)イースターの羊などキリスト教にまつわるモチーフはそれぞれの祝祭日の時期に大活躍するそう。 その他どのモチーフも手彫りの技が際立って、美しく味わい深いものばかり。

メゾン・コラールには18世紀の創業当初からのアンティーク木型も含め、200枚以上も保管され、100年使い続けている現役木型もあるとのこと。

Michelさんがお話を交えながら作業を見せてくださいました。

材料も創業当初と変わらずベルギー産の小麦粉と蜂蜜のみ。蜂蜜はブルガリア産やルーマニア産など、最良のものを厳選し、その他一切加えません。

作業開始!

 小麦粉と蜂蜜を混ぜる。その割合は1対1。

 生地を作業台で何回かこねてまとめ、麺棒でのばしたら、木型の模様の輪郭と同じサイズに作られたブリキの枠を使い、生地から型を抜く。

③  生地を木型に軽くはめ込み、指先と手のひらを使って押し付け、レリーフの微妙な高低がはっきりと出るよう、場所により押す力を加減する。

④  木型を立てて台にポンと打ち付け生地を抜き、天板に並べ余分な粉をブラシで払う。

⑤  焼きあがったらオーブンから出し、冷えることで、絶妙な硬さに仕上がって、ご覧の通り…

クック・ド・リンス La Couque de Rins

小型の丸いビスケットとして焼かれることの多い『クック・ド・リンス』は、19世紀 季節労働者として働いていたジャン・フランソワ・リンス Jean François Rinsが、間違って小麦粉の中に砂糖を入れたのが始まりでした。大事な材料を無駄にはできず、シナモンを加えて焼いたところ、柔らかい食感とジンジャーブレッドを彷彿とさせる風味が好評で、新たなレシピとして採用されることに。以来人気のお菓子として作り継がれて、伝統菓子の仲間入りを果たしています。

 ディナン watching

ディナンは、ブリュッセル中央駅で電車に乗り、ブリュッセル・リュクサンブール駅またはナミュール駅で乗り換えて2時間弱のベルギーの南部フランス国境に近い小さな町です。

ディナン駅に降り立って道なりに歩みを進めると、すぐに視界が開け、水をたたえてゆったりと流れるムーズ川と、そこにかかる橋 その向こうに高さ100mもある断崖が垂直にそびえ立つインパクトのある景色が出迎えてくれます。

断崖の稜線にそって延々と伸びる城砦:シタデルはムーズ河を監視するために、1050年に築城されたもの 断崖の前にはほっそり玉ねぎ形の尖塔をもつノートルダム教会が佇んで、「絵のような町」と称されるにふさわしいパノラマが広がります